装甲遊覧車は泥田の中を、森の方へゆっくり進み始めた。若いベトコンが、おれたちの見ている窓のすぐ下で、ばりばりと自動小銃を撃ちまくっている。彼はえらく張り切っていた。どうやら戦争初出演―つまり初陣らしい。
「なかなかよくやるな」と、おれは呟いた。
「おひねりをやったらどうだね」と、次長がいった。
「この戦争は、なぜもっと世界的に有名にならないんでしょう。こんなに面白いのに」と、おれは次長に訊ねた。
「昔はもっと有名だったに違いないな。つまり、この戦争が始まった、その当時にはだ」次長が喋り始めた。「もっともその頃は、おれの考えじゃ、今と違って、観光事業としてではなく、一種の経済政策として有名だったのではないかと思うね。つまり、その頃世界を二分していた二大資本力が、この戦争に武器の消費をやらせ、それによって産業機構を成立維持させていたのではないか―そう思われる節がある。事実古代史を読めば、それぞれの時代の経済は常に戦争によって安定し、あるいは成長していたことがわかるんだ。また、失業対策にもなっていただろう。今は失業したって遊び暮らしていることができる。しかし昔は、そうは行かなかっただろうからね」
「この見世物は、一年中休みなしにやっとるのかね」
「いいえ。お休みがございます」と、虎御前はえくぼを見せて答えた。「昔からの習慣によりまして、クリスマスとお正月には休戦いたします。また仏教徒もいますから、そのためには花まつりの休戦もございます」
「さあ皆様。後方左手をご覧くださいませ。ただ今やってまいりましたのが、南ベトナム軍の主力、精鋭二中隊でございます」
泥濘の中を、黒人兵ばかりで構成された小銃中隊と重迫撃砲中隊が一中隊ずつ、こちらへ向かって進んできた。小銃中隊の連中は手に手にM14型やM16型の旧式小銃、M60型旧式機銃を持ち、重迫撃砲中隊はM56型90ミリ自走砲、81ミリ迫撃砲、105ミリ重迫撃砲、106ミリ無反動砲などを引きずってやってくる。81ミリ迫撃砲の間隙を埋めるために、M79型40ミリ擲弾筒や小銃擲弾も装備している。いずれの銃砲も、すべて年代ものらしく、砲身の赤錆び色があざやかだ。
二中隊は泥田の中に布陣し、森に向かって銃撃、砲撃を開始した。実弾は少ないくせに、砲火や噴煙や音だけはものすごい。
ずばっ。ずばっ。
ひゅるるるるるるるるる。ずばあん。
がががが。ががががががががが。
ぐわォん。ぐわォん。
たた。たたたた。たたたたたたたた。
きん。きん。きん。きん。きん。
ずばばばっ。ずばばばばばばばっ。
ぶすっ。ぶすぶすっ。ぶすぶすぶすぶす。
「すごいすごい」若者たちは大喜びで手を打った。
「戦死者はどうするんです」
「家族に金をやる。家族が出演する時もあるぞ。ほら、あれがそうだよ」
次長が指さした方を見ると、泥の中に倒れているベトコンの傍へ、森の中から駈け出てきた母親らしい老婆が走り寄って屍体に抱きつき、ここを先途と泣き始めた。
「泣き顔が見えないぞ」と、若者のひとりがスピーカーで叫んだ。
老婆はあわててこっちを向いて泣きわめいた。
「ベトナム人だ」おれはあきれて言った。「死んでるベトコンは白人なのに」
「あれはプロだ」と、次長がいった。「あの女は十年前から、ずっとあればかりやってるんだ」
「こうして見ると、やっぱりベトコンの方が恰好いいですね」と、おれはいった。「黒人兵が可哀そうだ。損な役まわりですね」
「昔から南ベトナム軍には、黒人兵が多かった」と、次長が答えた。「北アメリカ地方は昔から、ひどく人種差別をやったところで、戦争に黒人を狩り出して彼らの数を減らそうとしたんだ」
「ずいぶんいろんな意味があったんですね。戦争には」
「そうとも。戦争は常に合理的なんだ」
「何が合理的だ!」それまで黙って車を運転していた黒人の運転士が、おれたちの話を聞いてかんかんに怒り、立ちあがってこちらへやってきた。「黒人を殺すことが、なぜ合理的なんだ」
運転士なしで勝手に動いていた車が森の中へ突っこみ、大木めがけてまともに進んでいた。
車は押倒した木の幹にのりあげて行き、キャタピラを宙に浮かしてついに横転した。
「ドアを開けろ」と、次長が叫んだ。
「出てはいけません」
「外は戦争中です。出ては危険です」
自動小銃の弾丸がおれの走ったあとの地面をぶすぶすと掘り返しながらおれを追ってきた。おれはしばらく駈け続け、塹壕らしい穴の中へとびこんだ。塹壕の中にはベトコンの女がひとりいて、彼女は穴から首だけを出し、泥田に向かってM14型の小銃を撃ちまくっていた。
「あんたも撃ちなさい。そこにライフルがあるから」彼女はおれをちらと横目で見てそう言った。
軍用のボタンがはじけとびそうな大きな乳房、左右に拡がった大きな尻、浅黒い皮膚、頑丈そうな骨盤、前歯の欠けた黄色い歯並び、年齢は四十六、七―おれは一瞬にして、心から彼女に魅せられ、うっとりとなってしまった。こんな気持ちになったのは久し振りだ。
「撃ちます撃ちます」おれはそういってライフルをとり、泥田の南ベトナム軍を狙って発射した。
「あなたの名前は」と、おれは彼女に訊ねた。
彼女は答えた。「わたし、スーニーよ」
彼女はおれの装いを見て、特別出演者だと思ったらしい。ちょうどいい具合だ―と、おれは思った。このままベトコンの仲間に入れて貰えたら、この女と結婚できるだろう、こんな勇ましい、しかも母性的な雰囲気をもった女は東京メガロポリスにはいない、その上一生、こんなすばらしいスリルを味わい続けて死ねるのだ―。
彼女といっしょにしばらく戦い続けていると、北東の空からベ観公のヘリコプターが一台やってきて、敵味方のちょうど中ほどの泥田へ降り始めた。見ると中におれの許婚者が乗っている。
泥田の中に着陸したヘリコプターの中から、純白のウェディング・ドレスを着た許婚者がおりてきて、泥の中をおれたちの方へ歩いてきた。
「あなたをあちこち探しまわったわ。婚約を取り消したいの」と、彼女はおれに言った。「了解を得に来たのよ」
「そのドレスはどうした」と、おれは訊ねた。
「あの人に買って貰ったの」と、彼女はヘリコプターを指した。ヘリコプターの操縦席には、あの空港の案内係の男が腰をおろし、こちらを見ていた。「あの人はわたしに、結婚後も女性用マイクロ・リーダーを購読していいって言ったわ。新婚旅行はダカー市じゃなく、土星へ行こうって言ってくれたわ。それから・・・・・」
「よかろう」おれはうなずいた。「婚約は取り消しだ。さあ、早く立ち去ってくれ。ここは戦場だ」
彼女はヘリコプターの方へ走って戻りながら、振り返っておれに叫んだ。「さようなら。もっと『お別れ』を楽しみたかったんだけど、残念だわ。あなたっていい人だったわね。さようなら。さようなら」
塹壕へとびこもうとすると、スーニーが下から手をあげておれを制した。「特別出演者は、大砲を受け持ってちょうだい」
「レギュラーになりたいんだが」
スーニーは、しばらく考えてからうなずいた。「じゃあ、あとでわたしがベ観公の方へ話といてあげるわ。今日はとにかく、大砲の方へ行ってちょうだい」
おれは大砲をぶっぱなした。
以上で、「ベトナム観光公社」の紹介を終える。
その読後感は、赤塚不二夫の死に際して、鶴見俊輔をして「『おそ松くん』の中で双生児の科学者がめちゃくちゃな研究をするが,それは世界の科学史をこうも要約し得るものかと思わせる。」と言わしめたのと同類である。筒井康隆はベトナム戦争の本質をかくも描きとおした、と。
そんな中で、1971年の「ピンポン外交」(名古屋での世界卓球選手権大会において、中国がアメリカ卓球選手団を招待するニュースが世界を駆け巡ったこと。その後、日中の国交回復、アメリカも中国と国交回復する過程でベトナム戦争からのアメリカの名誉ある撤退が画策された)をどう評価するか迷い始めている。1991年幕張での世界卓球選手権大会時には朝鮮半島の合同チームが結成できたことは嬉しかったのだが、これも検証せねばと思い始めている。
≪#3おわり≫
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