おれといっしょに案内所を出て、ふたたびリフトで三十三階まで昇り、宇宙空港ビルの屋上に出た。
この屋上には百本を越す垂直滑走路が、行く先を示すさまざまな色に塗りわけられ、天にも届けとばかり屹立している。周囲のビルの屋上も、すべて自家用エア・ポートだ。
中央アフリカ行きの、その中間圏ジェットの乗客は、おれたちだけだった。
「向こうへは、どの位で着くんだ?」
「四十八分で着くはずです」と、彼はげっそりした調子で答えた。
どうやらこの男が、案内係のいった『次長』らしい。
「猛獣はいましたか?」と、おれは訊ねてみた。
「いるものか」次長は、ぶすっとした顔つきで銃を投げ出し、ベッドに転がった。
「そんなことだろうと思っていました」おれはうなずいた。「地球上にはもう、面白いとこなんてないんですよ」
「そんなはずはない」次長は偏執的な眼つきで天井を睨みつけ、叫ぶようにいった。「そんなはずはない。あるはずだあるはずだ」彼はむっくり起きあがり、おれを凝視した。「現にこの間も、ベトナムへ行ってきた。あそこは面白かったぞ。あんたは行ったことがないんだろう?だからそんなことを言うんだ。そうだろう?」
「あんなところに、何か面白いものがあるんですか?」
「戦争をやっている」と、彼はいった。「嘘だと思ったら行ってきたらいい。そうだ、これから行こう。おれももう一度行く。いっしょにつれて行ってやる」彼は立ちあがり、身支度を始めた。「地球人は最近、火星だの、よその天体ばかりに眼を向けて、地もとの地球にまだまだ面白いところがあるってことを知らない。諺にもあるが、『燈台の足もとまっ暗けの闇』という奴だ」
「しかし、遠くへ行った方が、面白いところがたくさんあります」
「詩の文句にもあるが『山のあなたはまっ暗けの闇』という奴で、面白いところにぶつかるかもしれないが、ぶつからないかもしれない。われわれにとって真に面白いのは、地球上の面白いところであるはずだ、いや、そうなのだ、いや、そうあらねばならぬ。だからあんたを、ベトナムへつれて行ってやる。ベトナムを見れば、あんたの考えも変わるだろう」
おれと次長は、ビルの屋上に出て、南ベトナム行きの中間圏ジェットに乗った。これは中央アフリカからサイゴンまで、二十八分でいく。
次長がおれの肩を叩き、窓の下を指して、言った。「着いたよ」
サイゴンの町のはずれに、でかいビルが立っていた。やはり屋上が垂直滑走路になっているところを見ると、空港ビルらしい。
「あのビルの中に、ベカンコウがあるんだ」と、次長がいった。
おれは訊ね返した。「なんですか?その、べっかんこうというのは」
「ベトナム観光公社。略してベ観公だ」
ビルに着陸してベ観公のオフィスへ行くと、ちょうどあと五分でメコン・デルタ行きの装甲遊覧車が出るところだという。おれと次長はあわててリフトで一階におり、駐車場に出て装甲遊覧車に乗った。
黒人の運転士と、美人のガイドが乗ってきた。
「みなさま、本日は当ベトナム観光公社の遊覧車をご利用くださいまして、ありがとうございました」ガイドが可愛い声で喋り始めた。
車はサイゴン郊外の舗装道路を走り出した。エアカー用の高速道路は傍らについている。
「それでは、ただ今より皆様を、天地も揺るがす大戦闘、世界に名だたるベトナム局地戦の大スペクタクルを実演中の、メコン・デルタ現場へご案内いたしましょう。わたくし、虎御前のメリーが、しばらく皆様のお相手をさせていただきます」
「さて、ただ今より皆様がご覧になります、泥まみれの大戦闘は、過去数百年にわたり続けられてまいりました、伝統の香りゆかしい当地自慢の文化遺産でございます」
「戦争が起こったそもそもの原因は、いったい何ですか?」真面目な中年の紳士が訊ねた。
「さあ」虎御前は小首をかしげた。「今となりましては、なぜ戦争が起ったのか、それを覚えている人はもう、どこにもいないのではないでしょうか?」
「ずいぶん長く続いているからなあ」次長が、吐息まじりにそう言った。
「じゃあ、敵も味方も、自分たちが何のために戦っているのか知らないで、殺しあいをやっているというのですか」紳士は悲愴な顔つきをしてかぶりを振った。「悲惨なことだ。これは悲劇だ」
「わたしはこの悲しい戦いのありさまを、できるだけ多くの人に伝えるために、わざわざ見にやって来たんだぞ。そして世界中に、反戦運動を起こすのだ」
「まだ、こんな人がいたんだよ」若者たちはくすくす笑いあった。「もう時期遅れさ。反戦運動をやって儲けたり有名になれたりできたのは昔の話だ。今ごろから本を書いたって売れやしないよ」
「車は泥田の中へ入ってまいりました。この車は水陸両用でございまして、泥の中はキャタピラで進むのでございます。ただ今、泥田の中を森に向かって進んでおりますのは、南ベトナム軍でございます」
「南ベトナム軍がんばれ」若者のひとりが、どっちが勝ってもいいというような調子でそう叫んだ。
車から数十メートル離れた泥田の中を、車と平行に進んでいた十数人の黒人兵が、こちらを見て手を振った。
「どうして南ベトナム軍は、黒人兵ばかりなんだろう」おれは首をひねった。
「あれは、アメリカから来た黒人兵だ」と、次長がいった。「ベトナムの人間はみんな、ベトコンになってしまったんだ」
「どうしてですか」
「ベトコンの方が恰好良くて観客に受けるから、みんなベトコンになりたがるんだな。アメリカから来た兵隊の中でも、白人兵などは必ずベトコンの役をやりたがる」
「収入はどちらがいいんです?」
「観光客からの収入も、映画会社から入る戦場の使用量も、ひと戦争やったあとで山分けするから、どちらも同じはずだよ」
「皆様、森をご覧くださいませ」と、虎御前がいった。「出てまいりましたのが、お待ち兼ねベトコンでございます」
マングローブの森の中から、ライフル銃や自動小銃を構えたベトナム人が六人走り出てきて、泥田の中に身を伏せた。
「ベトコン負けるな」さっき南ベトナム軍に声援を送った若者が、マイクに向かってそう叫んだ。
「なんで、ベトコンと言うだね?」田舎者の老人が、虎御前に訊ねた。
「今となりましてもう、本当の語源ははっきりいたしませんが・・・・・」
「しかし」と、虎御前があわてて言った。「ベトナムの名をマスコミによって世界にひろめ、観光事業によってこの国を、今日のように繁栄させました功労者は、何と申しましてもベトコンでございます。で、ございますからきっと、ベトナム
建設者
というのが、いちばん正しいのではないかと言われております」
泥田の中では南ベトナム軍とベトコンが撃ちあいを始め、車内のスピーカーから自動小銃の断続音が響きはじめた。虎御前が、そのスピーカーのヴォリュームを倍にあげたので、本物以上の現実感が出てきた。
「すごいすごい」若者たちはとびあがって喜んだ。
「あれだけ撃ちあっているのに、どちらも全然死にませんね」と、おれが次長に訊ねた。
「あの自動小銃は」と、次長が答えた。「二十発のうちの十八発は空弾だ。あのような旧式の銃器や銃弾は、作るのがすごく難しいから貴重品なんだ。技術者が少ない上に材料不足だからね。たとえばライフルの弾丸一発の単価は、一メガトンの水爆一発分に相当するんだ。核兵器を作る技術者はわんさといるが、口径にあわせて弾丸を作れる職人は、今じゃ世界に三、四人しかいないはずだよ」
「ただ今、古式ゆかしくとり行われておりますのが、小隊単位の小戦闘でございます」虎御前が、スピーカーの音量を弱めて説明した。
≪つづく≫
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